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最終更新日時:2007/09/10|ms1434:132| | |
南信州阿南町新野お祭り,ご開帳行人様のご開帳(ぎょうにんさまのごかいちょう)春秋の年2回御開帳する、全国でも16〜20体しかない即身仏のうちの1つを公開します。禅僧では唯一の存在といわれています。9月16日(日)です。
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新野の行人様は、修行をしつつ定に入り、生きながらミイラ(即身仏)となり、貞享四年(1687年)に入定(死亡)された。名前は久保田彦左衛門といい天正十年(1582年)に妻子を亡くし供養のため瑞光院の門に入り、得度(仏門に入る)して行順(名前)となりました。年齢は五十歳前後と推定され、その名前から禅宗系であり富士講の信仰を持った行者様といわれており、昭和四十六年に大修理がなされ、永久保存のため耐火建築の中に安置されている。と御堂の脇にある案内看板に記されておりました。
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日本国内に現存するミイラは8体あり、その中の一体がこの行人様です。レントゲン検査の結果、年齢は50歳前後と推定されるそうです。天龍村坂部の記録を綴った『熊谷家伝記』には「即身仏になるために1日に食べたのは、湯飲み茶碗にそば粉一杯だけ。それで全国を7回も歴訪しながら寺社仏閣を訪ね歩いて修行を積みました。そして瑞光院に身を寄せ、裏山に穴を掘って内部に石を詰め、箱を作ってその中に入りました。 |
箱の屋根に穴を開けて息急ができるように竹筒を差し、「鐘の音の聞こえるうちは生きていると思いたまえ」と約束して入定。7日目にはうなる声がなくやがて止まりました。そこで竹筒をとり、穴を塗り固めた。」と記されております。 |
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